バス乗車記
「トコトコぼんちゃん」中山道ハイキング


[1.まえがき] [2.西行塚] [3.広重美術館] [4.大井宿本陣訪問] [5.恵那峡の真上]

大井宿本陣のお庭訪問

大井宿の町並みでは、道路の色が茶色くされ、交通量の多いところでは、歩道にレンガが敷き詰められている。さらに、電柱も赤茶色に塗装されていて、極力景観を損ねない様、苦肉の策が講じられている。

大井宿本陣跡の正門 一行、本陣跡を訪問
今も現存する本陣跡正門 本陣跡を訪問する一行

そして、一行は大井宿本陣跡の邸宅を訪問する。かつての本陣の建物は無いけれど、塀は江戸時代の面影を色濃く残している。庭もよく手入れされていて、京都の寺みたいな雰囲気があった。

手入れが行き届く庭[本陣跡] 本陣正門裏の松
本陣跡の庭は、寺院を思わせる
本格派の雰囲気
本陣正門の裏にそびえる
松の木

本陣跡を後にして、一行は高札場に立ち寄る。「高札場」とは、その地における法律を記したものであり、中山道など街道の宿場町には必ず立てられていた。今でも、全国各地で保存されている。

かみよこばし 大井宿の高札場
小さくも粋な「かみよこばし」 大井宿の高札場

今度は長国寺を訪ねる。ここも西行ゆかりの史跡で、何百年もの樹齢を誇る木々が悠々しいけれど、かつてはもっと多くの木々が生えていたそうである。しかし、昭和34年に上陸した伊勢湾台風により、大半の木々がなぎ倒された。辛うじて残った木々の隣に、かなりの樹齢を誇ったであろう木株が残っている。

台風でなぎ倒された名残の切り株 現存する高大な樹
台風でなぎ倒される前は
最大ともいわれた切り株
長国寺に現存する樹

加賀百万石の家臣ゆかりの地

長国寺で一行を待っていたボンネットバスに乗り、正善寺の交差点から、旧中仙道の道筋に入って行く。実は、ここから東岡瀬沢まで東鉄バスのローカル線があるのだけれど、1日上下2本しか運行されておらず、しかも、朝は東岡瀬沢方面発、夕方は恵那駅前発と分けられているため、行っても戻りづらい路線となっている。

ボンネットバスハイキングツアーの話から逸れてしまったが、この道は国道19号線開通までの主要道路で、自動車の往来も激しかったそうである。関戸という所にある甚平塚(根津神社)は、鎌倉幕府を開いた源頼朝の家臣、根津甚平の墓とされる所である。すぐ近くには休憩所もある。

甚平塚公園 岡瀬沢バス停
根津甚平をまつった
根津神社前にある公園
岡瀬沢バス停
(1日上下2本運行)

ボンネットバスはカーブが連続する道を進み、岡瀬沢バス停付近からは、幅員が広くなった道を快走する。ボンネットバス特有の甲高いエンジン音が車内にも伝わっている。ローカルバス終点の東岡瀬沢バス停を過ぎてしばし進むと中津川市に入り、茄子川という所にある篠原家宅の前で、バスは停車した。

篠原邸に到着したぼんちゃん 篠原邸全景
ぼんちゃん、篠原邸に到着 篠原邸の建物全景

現在(2002年)、NHK放送の大河ドラマの主役でもある前田利家は、織田信長や豊臣秀吉に使えながら加賀や能登を発展させた武将として知られているけれど、篠原家邸は前田家の家臣が管理する、「茶屋本陣」であった。江戸時代には参勤交代の藩主、幕末には皇女和宮が徳川家十四代将軍家茂に嫁ぐ時や、明治になると明治天皇が巡航される際に利用されてきた、由緒ある土地である...

という講義を、篠原家の現当主より受けていたのだが、ついうたた寝をしてしまった。それでも、当主直々のお話は、とても勉強になった。

前田家の家紋付き瓦 篠原邸の中庭
家臣の証明?
前田家々紋入り瓦
篠原邸の中庭


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